
正規分布を足す?
マナブ先生前回は、一つの正規分布について学びましたね。
平均値 \(\mu\) が分布の中心を決め、
標準偏差 \(\sigma\) がばらつきの大きさを決める、という話でした。



はい。
そして標準化すると、
\[
z=\frac{x-\mu}{\sigma}
\]
となって、平均0、標準偏差1の標準正規分布に変換できるんでしたね。



そうですね。
では今日は少し違うことを考えてみましょう。
二つの正規分布を足したり引いたりしたら、どうなるでしょう?



正規分布を足すんですか?
曲線そのものを足すということでしょうか。



いい疑問ですね。
曲線そのものを足すのではありません。
例えば、二つの異なる集団からそれぞれ一つずつ値を取り出して、
その値同士を足したり、引いたりする
という意味です。
具体的な例で考えてみましょう。
2校の数学の成績を比べてみる



全国規模の大学入試模擬試験があったとします。
その中に、
全国でも有名な進学校のA校
と、
標準的な高校のB校
があったとしましょう。
数学の成績について、A校では、
\[
\text{平均}=70点
\]
\[
\text{標準偏差}=10点
\]
だったとします。
一方、B校では、
\[
\text{平均}=40点
\]
\[
\text{標準偏差}=15点
\]
だったとします。



A校の方が平均点は30点高いですね。
ただ、B校の方が標準偏差が大きいので、
点数のばらつきも大きいということですね。



その通りです。
それぞれの点数が、おおよそ正規分布に従うとすると、
イメージとしてはこんな感じです。





A校の点数を \(X\)、B校の点数を \(Y\) とすると、
\[
X\sim N(70,10^2)
\]
\[
Y\sim N(40,15^2)
\]
と表すことができます。



A校は平均70、分散100。
B校は平均40、分散225という意味ですね。



そうです。
ではここからが今日のテーマです。
「A校の生徒-B校の生徒」を繰り返したら?



A校から生徒を一人選び、その数学の点数を \(X\) とします。
同じようにB校から一人選び、その点数を \(Y\) とします。
そして、
\[
D=X-Y
\]
つまり、
「A校の生徒の点数-B校の生徒の点数」
を計算するとしましょう。
これをたくさんの組み合わせについて繰り返します。



なるほど。
例えばA校の生徒が75点で、B校の生徒が45点なら、
$$ 75-45=30 $$
ですね。



そうです。
別の組み合わせなら、
A校が60点、B校が55点で、
$$ 60-55=5 $$
かもしれません。
あるいは、
A校が85点、B校が30点なら、
$$ 85-30=55 $$
です。



差も毎回変わるんですね。



そこが重要です。
つまり、
\[
D=X-Y
\]
も、一つのばらつきを持つデータになるわけです。
では、その差 \(D\) の平均は、どのくらいになると思いますか?



A校の平均が70点、B校の平均が40点ですから、
$$ 70-40=30 $$
で、平均すると30点くらいになりそうです。



その通りです。
したがって、
\[
\mu_X-\mu_Y
=70-40
=30
\]
です。
では「差のばらつき」はどうなる?



では問題はここからです。
この点数差 \(D\) の標準偏差はどうなるでしょう?



A校が10点、B校が15点ですから……
$$ 10-15=-5 $$
……というわけにはいきませんね。
標準偏差がマイナスになるのはおかしいです。



そうですね。
では逆に、
$$ 15-10=5 $$
でしょうか?



それも変な気がします。
どちらからどちらを引くかで標準偏差が変わってしまいます。



いいところに気づきました。
では、少し数式から離れて考えてみましょう。
もしA校の点数が毎回70点でまったくばらつかず、
B校も毎回40点だったら、点数差は?



いつも30点です。
差のばらつきはゼロですね。



ではA校の点数だけが70点の周辺でばらついたら?



差もばらつきます。



さらにB校の点数もばらついたら?



……差はもっといろいろな値になりそうですね。



そうでしょう。
つまり、
二つの値を引き算するからといって、
「ばらつきまで小さくなるとは限らない」
のです。



むしろ、A校にもB校にもばらつきがあるので、
その両方が差のばらつきに効いてくるんですね。



まさにそこです。
標準偏差ではなく「分散」を使う



ここで、標準偏差そのものではなく、
標準偏差を二乗した分散を使います。
A校の分散は、
\[
10^2=100
\]
B校の分散は、
\[
15^2=225
\]
ですね。



はい。



A校とB校から選ばれる生徒の点数が互いに独立だとすると、
差 \(D=X-Y\) の分散は、
\[
{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2
\]
となります。



ちょっと待ってください。
引き算なのに、
分散は足し算
なんですか?



そうです。
ここは、とても大切なところです。
「引き算なのに分散は足す」を直感で考える



例えば、
\[
D=X-Y
\]
について考えてみましょう。
A校の \(X\) が平均より大きくなったら、
\(D\) はどうなりますか?



大きくなります。



ではB校の \(Y\) が平均より大きくなったら?



\(Y\) を引いているので、\(D\) は小さくなります。



そうですね。
しかし、どちらの場合も、
30点という平均的な差から離れる原因
になりますよね。



あっ、なるほど。
A校側のばらつきも、B校側のばらつきも、
どちらも「差のばらつき」を増やす方向に働くんですね。



その通りです。
だから、値そのものは引き算していても、
独立な二つのばらつきの大きさは足し合わされる
のです。


実際に計算してみよう



では、ユキさんに計算してもらいましょう。
差の分散は、
\[
10^2+15^2
\]
です。



\[
100+225=325
\]
ですね。



では標準偏差は?



分散の平方根なので、
\[
\sqrt{325}
\approx18.03
\]
です。
約18点ですね。



そうです。
したがって、A校の生徒の点数からB校の生徒の点数を引いた値 \(D\) は、
\[
D=X-Y
\]
として、
\[
D\sim N(30,325)
\]
つまり、
\[
D\sim N(30,18.03^2)
\]
という正規分布になります。



差の平均は30点で、
その差自体にも標準偏差約18点のばらつきがある、
ということなんですね。



その通りです。



整理すると、
A校からB校を引いたとき、
平均値は、
\[
70-40=30
\]
ですが、
分散は、
\[
10^2+15^2=325
\]
になる。



そうです。
ここは言葉で覚えると分かりやすいでしょう。
「平均は引く。でも独立なばらつきは足す。」



これは覚えやすいですね。



では今度は、
\[
S=X+Y
\]
を考えてみましょう。
例えばA校とB校の生徒一人ずつの点数を足した値です。
平均値はどうなりますか?



今度は普通に、
\[
70+40=110
\]
ですね。



そうです。
では分散は?



引き算でも足したのだから、今度も、
\[
10^2+15^2=325
\]
ですね。



その通りです。
したがって、
\[
X+Y
\sim
N(110,325)
\]
となります。



つまり足し算の場合も引き算の場合も、
分散は同じように足す
んですね。
正規分布の加法性



ここまでを一般的に書いてみましょう。
互いに独立な二つの正規分布、
\[
X\sim N(\mu_X,{\sigma_X}^2)
\]
\[
Y\sim N(\mu_Y,{\sigma_Y}^2)
\]
があるとします。
すると、足し算では、
\[
X+Y
\sim
N
\left(
\mu_X+\mu_Y,;
{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2
\right)
\]
となります。
一方、引き算では、
\[
X-Y
\sim
N
\left(
\mu_X-\mu_Y,;
{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2
\right)
\]
となります。
| 演算 | 平均 | 分散 |
|---|---|---|
| \[X+Y\] | \[\mu_X+\mu_Y\] | \[{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2\] |
| \[X-Y\] | \[\mu_X-\mu_Y\] | \[{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2\] |





こうして並べるとよく分かります。
平均値の方は普通の足し算、引き算。
でも分散は、どちらの場合も足し算なんですね。



そうです。
これを正規分布の加法性と呼びます。
ただし、今回のように単純に分散を足すためには、
二つの値が互いに独立であるという条件が重要です。



独立というのは、
A校のある生徒の点数が高かったからといって、
B校から選んだ生徒の点数が高くなるわけではない、
というような意味ですね。



そう考えればよいでしょう。
もし二つの値の間に関係がある場合には、
その関係も計算に入れる必要があります。
今はまず、
独立な二つのデータなら、分散は足し算
と理解しておきましょう。
なぜ品質管理でこれが重要なのか



でも、品質管理では、
この正規分布の足し算や引き算を
どんなときに使うのでしょう?



実は、これから非常によく使います。
例えば、二つの製造方法A、Bについて、
「平均寸法に本当に差があるのか」
を調べたいとします。
そのときに考えるのは、
\[
\mu_A-\mu_B
\]
という平均値の差です。



あっ。
平均値同士を引き算するんですね。



そうです。
そして、その「平均との差」そのものにもばらつきがあります。
そのばらつきを計算するときに、今日学んだ考え方が出てきます。



つまり、これからやる推定や検定につながるんですか?



その通りです。
さらに、
部品Aの長さと部品Bの長さを足して全長を求める、
二つの測定値の差を求める、
複数の誤差が最終結果にどのくらい影響するか考える、
といった場面にも、この考え方が出てきます。



単なる正規分布の計算テクニックではないんですね。



そうです。
品質管理では、
複数のばらつきが組み合わさったとき、
最終結果がどのくらいばらつくのか
を考えることが非常に重要です。
標準偏差はそのまま足さない



では最後に、一つ確認しておきましょう。
標準偏差10と標準偏差15を持つ独立な二つの値を組み合わせたとき、
標準偏差は、
\[
10+15=25
\]
でしょうか?



違います。
まず分散にして、
\[
10^2+15^2=325
\]
と足してから、平方根を取ります。
だから、
\[
\sqrt{325}
\approx18.0
\]
ですね。



その通りです。
ここは実務でも間違えやすいポイントです。
標準偏差を直接足すのではなく、まず分散を足す。
そのあと必要なら平方根を取って標準偏差に戻します。



前の章で、
「なぜ分散なんて二乗した値を使うのだろう」
と思っていましたけれど、
こういうところでも分散を使う意味が出てくるんですね。



いいところに気づきましたね。
統計では、標準偏差の方が直感的には分かりやすいのですが、
計算上は分散の方が扱いやすい
ことがたくさんあります。
その代表例が、今日の正規分布の加法性です。
データサイエンスやAIにもつながっている



先生、正規分布を足したり引いたりする話って、
品質管理以外でも使われるんですか?



もちろんです。
実は、データサイエンスやAIを理解するときにも
大切な考え方なんです。



AIにも正規分布が関係するんですか?



そうです。
例えば、実際のデータにはいろいろな
「ばらつき」や「誤差」が含まれていますよね。
センサーで測定したデータなら、
製品そのもののばらつきだけでなく、
センサーの測定誤差や周囲の環境による変動も
加わっているかもしれません。



なるほど。私たちが見ている一つの測定値にも、
いろいろな要因が重なっているということですね。



そうです。
データサイエンスでは、観測されたデータをそのまま見るだけではなく、
「このばらつきは、どのような要因が組み合わさって生じたのだろう?」
と考えることがとても重要なんです。



そこで、今日勉強した「正規分布を組み合わせる」という考え方が出てくるんですね。



その通りです。
特に独立した変動要因をモデル化するときには、
それぞれの平均や分散が、
組み合わせた結果にどう影響するのかを考える。
この考え方は、
測定誤差の解析や
不確かさの評価、
統計モデルなど、
いろいろなところにつながっているんですよ。



AIというと難しいアルゴリズムを覚えるイメージがありましたが、
その前に
「データがどのようにばらつくのか」
を理解することが大切なんですね。



まさにそこです。
AIはデータからパターンを学習しますが、
そのデータには必ずばらつきやノイズがあります。
だから、AIが出した結果を見る側にも、
データのばらつきや確率分布を理解する力が必要なのです。



統計学を勉強することが、
データサイエンスやAIを正しく使うための
基礎になるんですね。



そうですね。
AIが計算してくれる時代だからこそ、
私たちは
「なぜその結果になったのか」
「その結果をどこまで信頼してよいのか」
を考えることがより重要になってきているのです。


今日の内容を整理してみよう



それではユキさん、今日の内容を一度整理してみましょう。
まず、正規分布に従う二つの独立なデータを足したら、
どうなるんでしたっけ?



はい。二つのデータがそれぞれ正規分布に従っていて、
互いに独立なら、その和も正規分布になります。



そうですね。では、平均はどうなりますか?



平均は、それぞれの平均を足せばいいんですよね。



そのとおり。では、ばらつきは?



そこが今日の重要なところでした。
標準偏差をそのまま足すのではなく、分散を足します。



いいですね。
では、二つのデータの「差」を考える場合はどうでしょう?



平均は引き算になります。
でも……分散は引かないんですよね?



そのとおり。そこはとても大切ですね。



差をとる場合でも、独立していれば分散は足し算になる。
最初はちょっと不思議でした。



そうですね。
でも、「差をとっても、それぞれが持っているばらつきそのものが消えるわけではない」
と考えると理解しやすいです。



なるほど。
だから、平均については「足す・引く」を考えて、
ばらつきについては「分散」で考える、と整理すればいいんですね。



いい整理ですね。
そして、この性質はこの後に勉強する統計解析にもつながってきます。



例えば、二つのデータの平均を比較するときですか?



そうです。
これから学ぶ「平均の差の推定」や「平均の差の検定」では、
二つの標本平均の差がどのような分布になるのかを考えます。
その土台にあるのが、今日学んだ正規分布の加法性になります。



そう考えると、今日の内容だけを覚えるのではなく、
この先の推定や検定につながる考え方として理解しておいた方がよさそうですね。



そのとおり。
では最後に、一言でまとめると?



はい。
「正規分布を組み合わせるときは、
平均と分散がどう変化するのかを考える。
特に、ばらつきは標準偏差ではなく分散で考える!」
ですね。



よくできました。
それが今日、一番覚えておいてほしいことですね。
今回のポイント
互いに独立な二つの正規分布、
\[
X\sim N(\mu_X,{\sigma_X}^2)
\]
\[
Y\sim N(\mu_Y,{\sigma_Y}^2)
\]
を考えます。
二つを足すと、
\[
X+Y
\sim
N
\left(
\mu_X+\mu_Y,;
{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2
\right)
\]
二つを引くと、
\[
X-Y
\sim
N
\left(
\mu_X-\mu_Y,;
{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2
\right)
\]となります。
つまり、
値を足せば、平均値も足す。
値を引けば、平均値も引く。
しかし、
独立なばらつきは、足し算でも引き算でも分散を足す。
ここが重要です。
そして標準偏差を求める場合には、
\[
\sqrt{{\sigma_X}^2+{\sigma_Y}^2}
\]
と、最後に平方根を取ります。
正規分布の加法性は、これから学ぶ、
平均値の差の推定や検定 を理解するための重要な土台になります。
あなたも考えてみましょう
ある製品は、部品Aと部品Bを直列につないで作られています。
部品Aの長さは、
\[
X\sim N(100,2^2)\ \mathrm{mm}
\]
部品Bの長さは、
\[
Y\sim N(50,3^2)\ \mathrm{mm}
\]
に従い、両者は独立だとします。
完成品の全長、
\[
L=X+Y
\]
の平均値はいくつでしょう?
また、標準偏差はいくつでしょう?
平均値は、
\[
100+50=150\ \mathrm{mm}
\]
分散は、
\[
13\ \mathrm{mm^2}
\]
したがって標準偏差は、
\[
\sqrt{13}
\approx3.61\ \mathrm{mm}
\]
となります。
ここで注目したいのは、
\[
2+3=5\ \mathrm{mm}
\]
ではないということです。
複数の独立したばらつきが組み合わさるときには、
「標準偏差を足す」のではなく、「分散を足す」
のです。
この考え方は、
製品設計における寸法の積み上げや、
測定の不確かさを考える場面
にもつながっていきます。
次回
次回からはいよいよ「推定」の話に入ります。
第4章 標本から母集団を読み解く ― 統計的推定 ―
まずは、
4-1.一部のデータから全体を推定する ― 母集団と点推定 ―
で、推定とは何かについて学びます。
シリーズ全体の目次
『品質をデータで読み解く 統計解析・データサイエンス入門』
― 品質管理の現場で使える「見る・推定する・判断する」ための統計学 ―
全体の目次はここをご覧ください。


