
母標準偏差が分からない方が多い
マナブ先生前回は、母集団の標準偏差 \(\sigma\) が分かっている場合の
母平均の区間推定を考えましたね。
95%信頼区間は、
$$ \bar{x} \pm 1.96\frac{\sigma}{\sqrt{n}} $$
でした。



はい。
でも、実際の仕事では母平均が分からないのに、
母標準偏差だけ分かっているという状況は、
あまり多くなさそうですね。



まさにそこです。
品質管理の現場で新しい工程を調べるとき、
「母平均は分かりません。でも母標準偏差は正確に分かっています」
ということは、それほど多くありません。
では、母標準偏差 \(\sigma\) が分からなかったら、
代わりに何を使えばよいでしょう?



前回勉強した標本の標準偏差 \(s\) でしょうか?



そうですね。
標本から求めた不偏分散 \(s^2\)、そしてその平方根である \(s\) を使います。
ただし、一つ問題があります。
\(\sigma\) の代わりに \(s\) を使って大丈夫?



例えば、同じ母集団から10個の標本を取り、
$$ s=5 $$
だったとします。
別の10個を取り直したら、同じ \(s=5\) になるでしょうか?



ならないと思います。
標本が変われば、標準偏差も少し変わりますよね。



そうです。
母標準偏差 \(\sigma\) は母集団に固有の値ですが、
標本標準偏差 \(s\) は標本によってばらつきます。
つまり、
$$ \frac{\bar{X}-\mu}{\sigma/\sqrt{n}} $$
で使っていた確かな \(\sigma\) の代わりに、不確かな \(s\) を使うことになります。



ということは、前と同じ標準正規分布をそのまま使うと、
少し自信を持ちすぎることになりそうですね。



とてもいい表現です。
その「追加の不確かさ」を反映した分布が、
「\(t\)分布(t distribution)」
です。
\(t\)分布とは?



\(t\)分布も釣鐘型なんですか?



はい。
中心は0で左右対称です。
見た目は標準正規分布によく似ています。
ただし、標本数が少ないときは、正規分布よりも裾が厚い形になります。



裾が厚いというのは、平均から大きく離れた値が出る可能性を、
正規分布より少し大きく見ているということですか?



その通りです。
母標準偏差 \(\sigma\) が分からず、標本から求めた \(s\) を使っているので、その不確かさの分だけ慎重に考えているわけです。



だから、95%信頼区間も少し広くなるんですね。



そうです。
ところで、\(t\)分布には標準正規分布との大きな違いがあります。
標準正規分布は一つだけですが、
\(t\)分布は一つではありません。



何によって形が変わるんですか?



自由度です。
標本数が \(n\) 個なら、今回使う自由度は、
$$ \nu=n-1 $$
です。



また \(n-1\) が出てきましたね。
前回の不偏分散と同じですね。



そうです。
標本標準偏差 \(s\) を計算するときに、標本平均 \(\bar{x}\) を使っていますから、自由度は \(n-1\) になります。
自由度が小さい\(t\)分布は裾が厚く、自由度が大きくなるにつれて標準正規分布に近づいていきます。
自由度\(n-1\)の値が、2、6、∞の場合のグラフを見せます。





つまり、標本数が増えるほど \(s\) も母標準偏差 \(\sigma\) を安定して推定できるようになるので、正規分布に近づくんですね。



その理解でいいですね。
標本数\(n\)が30以上になると、
\(t\)分布は正規分布とほぼ同じ形になります。



でも、これだと正規分布表のようなものが
自由度の数だけ必要になってしまうのでしょうか?



そうなんです。
でも、実際に使う場面では
中心から\(t\)だけ離れた個所から外側の両すその面積、
つまり確率が0.1や0.05になる時の値が分かればいいケースがほとんどですので、それだけを抜き出した表が準備されています。



この表は縦が自由度\(n-1\)になっています。
それぞれの自由度に対して、確率が0.1、0.05、0.025、0.02、0.01、0.005の場合の\(t\)の値が示されています。
少し余談ですが、\(t\)分布を実用的に研究した人物として有名なのが、
ウィリアム・シーリー・ゴセットです。
彼はイギリスのギネス社で働いていた技術者でした。



あの黒ビールのギネスですか?



そうです。
ビール製造では、原料や製造条件を評価したくても、
いつでも大量のデータを取れるわけではありません。
そこで、少ない標本からどこまで信頼できる判断ができるか
が重要でした。
ゴセットは論文を発表するときにStudentという筆名を使ったため、
「Studentの\(t\)分布」
と呼ばれるようになりました。



品質管理のような実務上の問題から生まれた分布なんですね。



そう考えると、少し身近に感じますね。
\(t\)分布表を見てみよう



では、実際に\(t\)分布表を使ってみましょう。
標本数を、
$$ n=10 $$
とします。
自由度はいくつですか?



$$ 10-1=9 $$
なので、自由度9です。



95%信頼区間を作るなら、中央に95%を残します。
外側には全部で何%残りますか?



5%です。
左右対称なので、片側は2.5%ずつですね。



そうです。
では、自由度9の\(t\)分布で、
上側2.5%
になる\(t\)値を表から探してみましょう。



自由度9の行と、上側確率0.025の列を見ると……
$$ 2.262 $$
です。





そうですね。
したがって、
$$ -2.262\le t\le2.262 $$
の中央部分が95%になります。





標準正規分布なら1.96だったのに、\(t\)分布では2.262なんですね。



この違いは何を意味していると思いますか?



\(t\)分布の方が裾が厚いので、
95%を中央に入れるには、
より遠いところまで取らないといけない。
だから信頼区間が広くなるんですね。



その通りです。



\(t\)分布表も、今ならExcelで計算できますよね。



もちろんです。
Excelでは、主に次の関数を使います。
| 内容 | 関数名 |
|---|---|
| \(t\)値・自由度→(左側)確率を求める | T.DIST(t,自由度,分布の指定) 分布の指定:1→左側の確率 2→両側の確率 |
| \(t\)値・自由度→右側確率を求める | T.DIST.RT(t,自由度) |
| \(t\)値・自由度→両側確率を求める | T.DIST.2T(t,自由度) |
| 左側確率・自由度→\(t\)値を求める | T.INV(左側確率,自由度) |
| 両側確率・自由度→\(t\)値を求める | T.INV.2T(両側確率,自由度) |





例えば、自由度9で両側5%に対応する\(t\)値なら、
T.INV.2T(0.05,9)
とすれば、
$$ 2.262\ldots $$
が得られます。



関数名を見るだけでなんとなくわかりますね。



そうですね。
ただしExcelを使うときも、
片側確率なのか、両側確率なのか
を意識することが大切です。
母分散が未知の場合の母平均の信頼区間



では、一般的な形にまとめましょう。
母集団が正規分布に従い、母標準偏差 \(\sigma\) が未知であるとします。
標本数 \(n\)、標本平均 \(\bar{x}\)、標本標準偏差 \(s\) が得られたとき、
まず標準化した統計量として、
$$ t= \frac{\bar{x}-\mu} {s/\sqrt{n}} $$
を考えます。
この \(t\) は、自由度
$$ n-1 $$ の\(t\)分布に従います。



前回の、
$$ z= \frac{\bar{x}-\mu} {\sigma/\sqrt{n}} $$
とほとんど同じですね。



そうです。
違うのは、
$$ \sigma $$
が分からないので、
$$ s $$
を使っているところです。
その結果、標準正規分布ではなく\(t\)分布を使います。
母標準偏差が未知の場合の95%信頼区間
自由度を、
$$ \nu=n-1 $$
とすると、母平均 \(\mu\) の95%信頼区間は、
$$ \bar{x} \pm t_{0.025,\nu} \frac{s}{\sqrt{n}} $$
です。
ここで、
$$ t_{0.025,\nu} $$
は、自由度 \(\nu\) の\(t\)分布で上側2.5%となる値です。



標準正規分布の1.96が、
\(t\)分布の値に置き換わっただけなんですね。



そう考えると、とても分かりやすいですね。
実際の品質データで計算してみよう



では、品質管理らしい例で計算してみましょう。
ある製薬工場で、薬液を瓶に充填しています。
充填量は正規分布に従うものとします。
ただし、母標準偏差は分かっていません。
製造ラインから無作為に10本を取り出して測定したところ、次のデータが得られました。
単位はmLです。
$$ 99.2,\ 100.5,\ 98.8,\ 101.1,\ 99.7, $$ $$ 100.3,\ 99.5,\ 100.8,\ 98.9,\ 101.2 $$
このデータから、母平均 \(\mu\) の95%信頼区間を求めてみましょう。





10個ですから、今回は手計算してみましょうか。
まず、何を求めますか?



標本平均 \(\bar{x}\) と、標本標準偏差 \(s\) ですね。
① 標本平均を求める



まず標本平均です。
全部足すと、
$$ 1000.0 $$
ですから、
$$ \bar{x} = \frac{1000.0}{10} = 100.0\ \mathrm{mL} $$
です。
きれいに100 mLになりましたね。



計算しやすい例にしました(笑)。
② 偏差平方和を求める



では、それぞれ100.0からどのくらい離れているかを見てみましょう。



偏差は、
$$ -0.8,\ 0.5,\ -1.2,\ 1.1,\ -0.3, $$ $$ 0.3,\ -0.5,\ 0.8,\ -1.1,\ 1.2 $$
ですね。
これを二乗すると、
$$ 0.64,\ 0.25,\ 1.44,\ 1.21,\ 0.09, $$ $$ 0.09,\ 0.25,\ 0.64,\ 1.21,\ 1.44 $$
です。
全部足すと、
$$ 7.26 $$
になります。



これが偏差平方和ですね。
③ 不偏分散と標本標準偏差



標本から母分散を推定するので、\(n\) ではなく \(n-1\) で割ります。
$$ s^2 = \frac{7.26}{10-1} = \frac{7.26}{9} \approx0.8067 $$
したがって、
$$ s = \sqrt{0.8067} \approx0.898 \ \mathrm{mL} $$
です。



いいですね。
では標準誤差は?



$$ \frac{s}{\sqrt{n}} = \frac{0.898}{\sqrt{10}} $$
なので、
$$ \approx0.284\ \mathrm{mL} $$
です。
④ \(t\)値を求める



標本数は10ですから自由度は?



$$ \nu=10-1=9 $$
です。
95%信頼区間なので、上側2.5%の\(t\)値は、
$$ t_{0.025,9}=2.262 $$
ですね。
⑤ 95%信頼区間を求める



では公式、
$$ \bar{x} \pm t_{0.025,9} \frac{s}{\sqrt{n}} $$
に代入します。
$$ 100.0 \pm 2.262 \times \frac{0.898}{\sqrt{10}} $$
なので、
$$ 100.0\pm0.642 $$
くらいですね。
したがって、
$$ 99.36\ \mathrm{mL} \le \mu \le 100.64\ \mathrm{mL} $$
となります。



よくできました。



さて、計算は終わりました。
でも統計解析では、ここからが大切です。
この、
$$ 99.36\le\mu\le100.64 $$
は何を意味しているのでしょう?



母平均が95%の確率でこの間にある……
と言いたくなりますけど、前回それは少し違うと習いましたね。



そうでしたね。
正確には、
同じ方法で10本を抽出して95%信頼区間を作る作業を
何度も繰り返せば、その区間の約95%が真の母平均を含む
という意味です。



そうでした。
そして今回の標本から作った信頼区間が、
$$ 99.36\sim100.64\ \mathrm{mL} $$
ということですね。
正規分布の場合と\(t\)分布の場合を比べてみよう



では、もし母標準偏差が本当に、
$$ \sigma=0.898 $$
と分かっていたと仮定したら、
前回の方法では何を使いますか?



1.96です。



今回は母標準偏差が未知なので?
ユキさん



自由度9の\(t\)値、
$$ 2.262 $$
です。



どちらが大きいですか?



2.262です。
だから母標準偏差が分からない方が信頼区間は少し広くなります。



なぜでしたか?



\(\sigma\) の代わりに標本から求めた \(s\) を使うため、その分の不確かさも考慮する必要があるからです。



完璧です。



標本数\(n\)が30以上になると、
\(t\)分布は正規分布とほぼ同じ形になるということでしたが、
そうすると、
「標本数が30未満なら\(t\)分布、30以上なら正規分布」
と覚えておけばいいですか?



よく聞く目安ですが、それを絶対的なルールとして覚えない方がいいでしょう。
本質は標本数30ではありません。
母標準偏差 \(\sigma\) が未知で、
それを標本標準偏差 \(s\) で置き換える場合に\(t\)分布が登場します。
そして自由度が大きくなれば、
\(t\)分布そのものが標準正規分布に非常に近づいていきます。



つまり、標本が多いから「急に別の方法になる」のではなくて、
標本が増えるにつれて\(t\)分布が
だんだん正規分布に近づいているんですね。



そう理解する方が正確です。
今日の内容を整理してみよう



ではユキさん、前回と今回の違いを整理してみてください。



母標準偏差 \(\sigma\) が既知なら、
$$ z= \frac{\bar{x}-\mu}{\sigma/\sqrt{n}} $$
を使って標準正規分布で考えます。
母標準偏差 \(\sigma\) が未知なら、標本から求めた \(s\) を使って、
$$ t= \frac{\bar{x}-\mu}{s/\sqrt{n}} $$
とし、自由度 \(n-1\) の\(t\)分布を使います。



いいですね。
信頼区間は?



母標準偏差が既知なら、
$$ \bar{x} \pm 1.96 \frac{\sigma}{\sqrt{n}} $$
母標準偏差が未知なら、
$$ \bar{x} \pm t_{0.025,n-1} \frac{s}{\sqrt{n}} $$
です。



そして、なぜ\(t\)分布の方が裾が厚いのでしょう?



母標準偏差 \(\sigma\) の代わりに、
標本によって変動する \(s\) を使っているから。
その追加の不確かさを考慮しているからですね。



その理解ができていれば、
式を丸暗記しなくても大丈夫です。
今回のポイント
母標準偏差 \(\sigma\) が未知の場合は、標本から求めた標準偏差 \(s\) を使います。
このとき、
$$ t= \frac{\bar{x}-\mu}{s/\sqrt{n}} $$
は自由度、
$$ n-1 $$
の\(t\)分布に従います。
したがって、母平均 \(\mu\) の95%信頼区間は、
$$ \bar{x} \pm t_{0.025,n-1} \frac{s}{\sqrt{n}} $$
となります。
\(t\)分布は標準正規分布に似ていますが、自由度が小さいほど裾が厚くなります。
これは、
母標準偏差 \(\sigma\) が分からず、標本から推定した \(s\) を使うことによる追加の不確かさ
を反映しています。
そして自由度が大きくなると、\(t\)分布は標準正規分布に近づいていきます。
重要なのは、
「\(n\)が30未満だから\(t\)分布」
と機械的に覚えることではなく、
母標準偏差が分からないため、標本標準偏差で推定している。
その不確かさを\(t\)分布で考慮している。
と理解することです。
あなたも考えてみましょう
今回の10本の充填量では、
$$ \bar{x}=100.0\ \mathrm{mL} $$ $$ s\approx0.898\ \mathrm{mL} $$
でした。
もし標本数を10本から40本に増やし、標本平均と標本標準偏差がほぼ同じだったとします。
そのとき、
95%信頼区間は広くなるでしょうか、狭くなるでしょうか?
考えるポイントは二つです。
一つは、
$$ \frac{s}{\sqrt{n}} $$
という標準誤差。
もう一つは、自由度が増えるにつれて\(t\)値が1.96に近づくことです。
どちらも、標本数が増えると信頼区間を狭くする方向に働きます。
つまり、
より多くの標本を集めることで、
母平均をより精度よく推定できる ということです。
次回
次回は、
4-4.なぜ標本平均は正規分布に近づくのか
― 中心極限定理 ―
です。
非常に重要な考え方である中心極限定理について学びます。
シリーズ全体の目次
『品質をデータで読み解く 統計解析・データサイエンス入門』
― 品質管理の現場で使える「見る・推定する・判断する」ための統計学 ―
全体の目次はここをご覧ください。


