(8)技術士に求められる資質能力(コンピテンシー):3.マネジメント(後半)

PE-Competency-8
目次

登場人物

Engineer skill

ヒトミさん

地方の大学の機械工学の学部、修士卒業。29歳
学生時代はロボットの研究をしていた。
大学院修了後、精密機器メーカに入社し、研究開発センターに配属されセンサーの研究開発を行っているが、自分が技術者としてどの方向に向かえばいいのか悩んでいる。

マナブ先生

機械工学の修士課程修了。58歳
精密機械メーカでやマーケティング課長や開発部長や品質保証センター長を経験し、現在は技術士事務所でコンサルタントを行っている。
機械と総合技術監理の技術士資格を持っている。
テクノロジー・コーチングのブログで技術士試験などの情報発信も行っている。

技術士コーチ

はじめに

前回の対話で、ヒトミさんは
マネジメントとは「管理職の仕事」ではなく、
限られた資源を使って目的に向かい、成果が出るように整える力であることに気づきました。

今回は、そのマネジメントをもう少し広い視点で捉えるために、
プロジェクトマネジメントについて考えていきます。
マネジメントは、ただ計画通りに進めることなのでしょうか。
それとも、もっと本質的な役割があるのでしょうか。

今日のテーマ

  • PMBOKが示しているプロジェクトマネジメントの本質とは何ですか?
  • 実際の事例をプロジェクトマネジメントの観点で分解すると何が見えてくるのでしょうか?

コーチング対話

マナブ先生

前回は、マネジメントを「成果が出るように整える力」と整理しましたね。
では今日は、その力をプロジェクト全体でどう発揮するかを考えてみましょう。
ヒトミさん、「プロジェクトマネジメント」と聞くと、
まず何を思い浮かべますか?

ヒトミさん

計画を立てて、進捗を見て、遅れないように
管理すること…
でしょうか。

マナブ先生

なるほど。
では、もし計画通りに進んだとしても、
最終的に価値のないものができたら、
そのプロジェクトは成功でしょうか?

ヒトミさん

…成功とは言えませんね。
計画通りでも、意味のある成果になっていなければダメだと思います。

Technolog Coaching refresh
マナブ先生

その通りです。
では、プロジェクトマネジメントで一番大事なのは何でしょう?

ヒトミさん

価値を届けること…でしょうか。

マナブ先生

いいですね。
では、ヒトミさんに問いです。
「価値を届ける」ためには、
どんな視点が必要だと思いますか?

ヒトミさん

顧客や社会が何を求めているかを考えることだと思います。
それから、チームだけでなく、関係者との連携も必要です。

マナブ先生

いいですね。
では、その視点を整理すると、
どんな要素に分けられそうですか?

ヒトミさん

うーん…
信頼、
チーム、
関係者、
価値、
全体を見ること、
変化への対応…
でしょうか。

マナブ先生

素晴らしいです。
プロジェクトマネジメントの中で有名なのが、
プロジェクトマネジメント協会がプロジェクトマネジメントの体系をまとめたガイドブックであるPMBOKです。
今の最新版は2021年に発行された第7版で、
PMBOK第7版では、12の原理・原則として整理しています。

1.スチュワードシップ(誠実な管理)

責任感を持ち誠実な行動で誰からも信頼される。
 ・倫理・誠実・透明性を重視
 ・社会・組織・顧客に対して責任を持つ

2.チーム(協働するチーム構築)

信頼と自律によりチームの力を最大化する。
 ・意見を言える環境の確保
 ・多様性の重視
 ・自律的なチーム
 ・同じ目標に向かって協力

3.ステークホルダー(利害関係者との関係)

利害関係者の価値観を理解し、共創する。
 ・期待・利害の理解
 ・継続的なコミュニケーション
 ・技術だけでなく共創が重要

4.バリュー(価値)

成果ではなく価値創出を最優先とする。
 ・「利益」→「価値(顧客・社会)」
 ・価値につながらなければ評価されない

5.システム思考(全体最適)

プロジェクト全体を俯瞰して、システムの相互作用を認識し、評価し、対応する。
 ・相互関係を理解
 ・長期的視点
 ・空間的だけでなく時間的にも把握

6.リーダーシップ

モチベーションを高め、熱意や共感、影響を与えて指導。
 ・指示ではなく支援
 ・方向を示し、人を動かす
 ・状況に応じたスタイル

7.テーラリング(状況適応)

絶対的な最適は無い。この現場の今の状況で何が最適化を考える。
 ・方法は状況に合わせる
 ・一律の手法はない
 ・プロジェクト特性に応じて調整

8.クオリティ(品質)

プロセスと結果・成果物に品質を組み込む。
 ・目的に適合した品質を確保
 ・要求を満たす
 ・作りこみと検証
 ・過剰品質は排除

9.コンプレキシティ(複雑性)

不確実性と相互依存を前提に対応する。
 ・予測困難性を受け入れる
 ・柔軟な対応
 ・知識・経験・学習に基づく

10.リスク

脅威と機会の両方を管理し、バランスよく対応する。
 ・リスクは悪いことだけではなくチャンスもある
 ・予測をし、対応策をあらかじめ考えておく

11.アダプタビリティとレジリエンス(適応性と回復力)

変化に適応し、回復しながら成長する。
 ・多様性と継続的な学習と改善のループ
 ・環境変化への対応
 ・失敗から学習し、回復

12.チェンジ(変革)

思い描く未来を達成するように変更や変革を可能にする。
 ・変化に対する人の抵抗を理解し、柔軟に対応
 ・組織変革を支援

マナブ先生

これらの全部を暗記する必要はありません。
大切なのは、
「プロジェクトを価値創出の活動として見る」
という考え方です。

ヒトミさん

プロジェクトマネジメントは
今の状態を維持するのではなく、
困難や変化の中でも価値を創出し続ける活動
として位置付けられているようですね。

マナブ先生

素晴らしい理解力ですね。
その通りで
状況に応じた柔軟なマネジメントが求められ、
優れたマネジメントとは計画通りに進めることではなく、
価値を確実に届けることなのです。
では、具体例で考えてみましょう。
新幹線は今では普通ですが、
できた当初はかなり大きな社会的インパクトを与えました。
その価値とは何だと思いますか?

ヒトミさん

今までの電車にはない、
高速で走ることができる
流線型の列車を作った
ことでしょうか?

マナブ先生

それは一つの要素にすぎません。
当時の高度経済成長を迎えた日本全体に与える
価値は何だったでしょうか?

Technology Coaching refresh
ヒトミさん

高速鉄道による大量輸送でしょうか?

マナブ先生

その通りです。
さらにはこのような高速技術に求められるのは安全性です。
つまり、安全・高速・大量輸送を実現する、
社会インフラの刷新が価値だったのです。
では、その価値は「車両」だけで実現できたでしょうか?

ヒトミさん

できないですね。
線路、信号、電力、運行、保守まで
全部そろわないと成り立ちません。

マナブ先生

そうです。
車両部門が時速210kmで走ることができる車両を作っても、
線路がその振動に耐えられない、
信号が追い付かない、
保守が回らないようでは、
価値を提供できません。
また、まったく新しい構想の技術でしたのでリスクの想定も困難でした。そのため、既存実績に頼りすぎない、試験・検証を段階的に積み上げる、速度向上に伴う振動、ブレーキ性能、信号、保守負担などを複合リスクとして扱う必要がありました。
では、このことはPMBOKの12の原理・原則ではどの考え方につながりますか?

ヒトミさん

システム思考…だと思います。
部分ではなく全体で見ないといけないので。

マナブ先生

いいですね。
では、当時の新幹線は前例のない技術でした。
そのとき、どんなマネジメントが必要だったと思いますか?

ヒトミさん

未知のことが多いので、
リスクを一つずつ洗い出して、
段階的に検証していく必要があったと思います。
あと、途中で計画を修正する柔軟さも必要だったはずです。

マナブ先生

その通りです。
それは「リスク」「複雑性」「適応性」に関わりますね。
ではもう一つ。
新幹線0系のような大規模プロジェクトでは、
誰が関わっていたと思いますか?

ヒトミさん

車両メーカーだけではなく、
鉄道会社、建設会社、行政、利用者、沿線住民など、
かなり広い範囲の人たちですね。

マナブ先生

では、そうした多様な関係者がいる中で、何が特に重要になるでしょう?

ヒトミさん

全員が同じ価値を見ていること
だと思います。
専門も立場も違うので、目標がずれると前に進まなくなると思います。

マナブ先生

素晴らしいですね。
それが「ステークホルダー」であり、「リーダーシップ」です。
新幹線0系のプロジェクトをPMBOKの12の原理・原則に当てはめてみると以下のようになります。

スクロールできます
原理・原則新幹線0系での具体内容価値創出のポイント技術者としての着眼点
1.スチュワードシップ(誠実な管理)安全最優先(高速化よりも安全設計)事故ゼロで社会信頼確立安全はコストではなく価値
2.チーム
(協働するチーム構築)
車両・線路・電力・信号の統合チーム分野横断で全体最適を実現専門の壁を超える力
3.ステークホルダー
(利害関係者との関係)
国・鉄道会社・利用者・沿線住民社会インフラとして受容合意形成は設計の一部
4.バリュー(価値)「速い列車」ではなく「安全・高速・大量輸送」社会的価値(時間短縮・コスト低減)創出目的と手段を分ける
5.システム思考(全体最適)車両単体ではなく鉄道全体を設計部分最適から全体最適へインターフェース設計が鍵
6.リーダーシップ強い意思決定で新技術採用不確実性の中で方向提示正解がない中で決める力
7.テーラリング
(状況適応)
在来線方式を捨て専用線を採用最適解を選択過去の成功に縛られない
8.クオリティ(品質)安全性・定時性・乗り心地を重視「求められている品質」を実現性能より運用品質
9.コンプレキシティ(複雑性)未知の高速鉄道領域に挑戦技術統合で複雑性制御問題を分解して扱う
10.リスク高速運転・振動・信号遅延のリスク管理事故を未然に防止未知リスクの可視化
11.アダプタビリティとレジリエンス(適応性と回復力)開業後も改良を継続継続的価値向上完成=終わりではない
12.チェンジ(変革)日本の交通体系そのものを変革社会構造を変える価値技術=社会変革
ヒトミさん

すごいことをやり遂げましたね。
私のやっている業務はとてもこんな大きなものではありません。

マナブ先生

ではここで、ヒトミさん自身の仕事に引き寄せてみましょう。
ヒトミさんの今の業務にも、「価値」「関係者」「全体最適」という視点はありますか?

ヒトミさん

あります。
例えばセンサー開発でも、性能だけを追えばいいわけではなくて、
製造しやすさ、
コスト、
組み込みやすさ、
お客様の使い方
まで考えないといけません。

マナブ先生

いいですね。
では、その業務を「単なる開発」ではなく
「プロジェクト」として見ると、何が変わりそうですか?

Technology-Coaching-refresh
ヒトミさん

自分の担当範囲だけでなく、
その成果がどんな価値につながるのか
誰に影響するのかを意識すると思います。
そして、必要なら他部門やお客様との調整も、
もっと重要に見るようになると思います。

マナブ先生

その通りです。
では最後に、ヒトミさんにとって「プロジェクトマネジメント」とは何でしょう?

ヒトミさん

計画や進捗を守ることではなく、
多くの関係者や制約の中で、
価値を確実に届けるために
全体を動かすこと
だと思います。

マナブ先生

とても良いまとめですね。
プロジェクトの大きさは違っても、
「社会に価値を届ける」という意味では、
ヒトミさんの仕事も同じなんですよ。

まとめ

  • 大規模プロジェクトだけでなく、日々の技術業務も「どんな価値を誰に届けるのか」という視点で見ることで、マネジメントの質が高まる

あなたも考えてみましょう

  • あなたが今取り組んでいる業務の「本当の価値」は何ですか?
    それは性能や成果物そのものですか、それともその先にあるものですか?
  • あなたの業務を「自分の担当作業」ではなく「価値を届けるプロジェクト」として見ると、誰との連携やどんな視点が必要だと思いますか?

次は

次回は技術士に求められる資質能力(コンピテンシー)の4番目の「評価」です。
「評価」とは結果を見て、良し悪しを判断するだけではなさそうです。

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